盈月炉心

 宮本伊織は、浅草寺本堂にて、遺体となって発見された。変わり果てた姿を一番に見つけたのは、彼の唯一の家族であった小笠原カヤであった。宮本伊織の葬儀は、カヤの養親である小笠原家が執り行った。小笠原家と、カヤと、少しの友人による、たいそう質素な葬式であった。
 この頃、火事やら天変地異やらが続き、寺はてんてこ舞いらしく、伊織の亡骸は葬式より二日後に埋葬される運びとなった。
 しかし、葬式から一夜が明けると、棺桶の中はがらんどうになっていた。
「兄上が、いなくなった?」
「へい。棺桶を移動させるために持ち上げたらえらく軽くなっていて。中を覗いてみたら骨っ子ひとつもありゃあせんで。云っちゃあなんですが浪人でしょう。火車にでも喰われたんじゃあねえかと噂になっております」
 伊織の遺体はカヤが見つけた時点で既に一晩経っていた。伊織の顔馴染でもあった同心曰く、死因は胸を一突きにされた刺し傷で、血を流しすぎたのだろうと云っていた。そのような状態から生き返ったとは思えない。墓荒らしにでもあったのだろうということだ。兄は最期まで放っておけない人物だった。
 埋めることすらできないのであれば、せめて代わりの物を埋めるまで。よく使っていたのみなんかがいいだろう。足繁く通ったこの幽霊長屋も訪れるのはあとどれくらいだろうか。戸を叩こうとして、家主が既にいないことを思い出した。長屋の扉に手をかける。すると背後から呼び止められた。
「――カヤ?」
 その声の主を知っている。何度も聞いた呼び声だった。咄嗟に振り返ると、そこには、死んだはずの自分の兄が立っていた。
「に、兄ちゃんの、幽霊!?」
「よく見ろ、足があるだろう」
「でも白装束着てるし、左前だし」
「葬式を執り行ってくれたんだな。ありがとう」
「どういたしまして……いや、そうじゃなくて!なんで、ここにいるの!?」
 眼の前の男は少し考えているようだった。ぶつぶつと何かを呟いている。
「確かに俺はあのとき、浅草寺で死んだはずだ。だけれども今、こうして立っている。……どうやら俺は、人ではなくなったのかもしれん」