盈月炉心

「そうだね。あたしもそう思う」
 云いたいことは山ほどある。なんで生きてるの、とか、なんで死んじゃったの、とか、いくさはどうなったの、とか、セイバーさんはどこに行ったの、とか。あらゆる疑問が頭の中を駆け巡って、言葉にはできなかった。
「ところで―― 俺の剣はどこにある」
 伊織がいつも佩いていた二振りの刀は、形見としてカヤが小笠原家に持ち帰っていた。
「刀はここにはないよ」
「なら、小笠原の家か? 返してくれないか。もし売ってしまったのなら買い戻すから――」
「だっ、駄目!」
「なぜだ」
「駄目ったら駄目なの! 兄ちゃんはもう刀を持っちゃ駄目!」
「理由が分からないと納得できないだろう。どうして駄目だと云う」
「それは……」
 彼に刀を渡してはいけない、と強く感じていた。理由が分からないのはカヤも同じだった。
『それは、貴方がこれ以上剣を持つと、鬼に成ってしまうからです』
 鬼に成る。その唐突に現れた言葉にいちばん動揺したのは、カヤだった。その言葉は確かに、カヤの口から出たのだ。しかし、カヤにはその理由を口にする根拠がなかった。
『カヤ様、少しだけ、御声をお借りしますね。改めまして、真名は、オトタチバナヒメ。ヤマトタケルの妻です。訳あって小笠原カヤ様の御身体に現界しています』
「つまり貴殿は、サーヴァントだな」
『如何にも。十五騎目のサーヴァントです。ですが、このような現界ですから、サーヴァントとしての力は殆どありません。カヤ様の御身を護ることが精々です』
「さあばんと? 兄ちゃんどういうこと? あたし、病気なの?」
「カヤは問題ない。問題があるのは俺のほうだろう。オトタチバナヒメ、カヤに盈月の儀について、話しても良いか」
『はい。そのうえで、此方のほうからも説明させていただきましょう』
 伊織はカヤに、これまでのいくさの内容について詳しく説明した。願望機である盈月の器を求めて江戸じゅうで行われた壮大な呪、盈月の儀。願いを叶えるが為に召喚に応じた十五騎の英霊サーヴァント。そして儀は、紅玉の書の破壊と伊織の命によって終わりを告げた。
 カヤは、摩訶不思議ないくさの全容を、関心を持って聞いていた。
「最後になって俺は、盈月の器を手に入れた。俺の為に使うためだ。セイバーは俺に反対した。俺たちは自分の道のために戦い、俺はセイバーに殺された。その時に俺は死んだはずだった」
 欲望も願いも盈月も。セイバーが全て斬ってくれた。だのになぜ、俺はこうして立っているのか。
『伊織様が今動くことができる理由は、紅玉翁を斬った場所が伊織様の隣だったからなのです』
 オトタチバナヒメが答えた。
『あの方が、セイバーが盈月の器を斬ったとき、散らばった盈月のかけらが、伊織様の骸に溶け込んでしまったのです。今の貴方は心の臓ではなく、盈月の頁によって生かされているのです』
「うぅん…… つまり兄上の中に、盈月があるってこと?」
『正しくは、盈月の器の一部です。このまま何事もなければ、盈月の頁は魔力を使い果たし、伊織様の活動も停止します』
「逆に言えば、何かをすれば、俺は生き続けるということか?」
『はい。その《何か》というのが、《人を殺し続けること》。霊脈の通る場所に居れば、盈月の頁は緩やかに魔力を得ますが、器としての力を得る前に、伊織様の活動が停止します。しかし人を殺し、魂を喰らうことで盈月は英霊ほどではなくとも魔力を多分に補充して器の力を取り戻し、やがて伊織様を盈月の器そのものへと作り変えるでしょう。そのときは伊織様は人でなく、厄災と成り果てるのです』
「それが、鬼に成るということか」
「兄上は、あとどれくらい生きられるの?」
『見立てでは、明後日の夕暮れ時には盈月の頁は力を使い果たすでしょう』
「今日を含めてあと三日か…… できることは限られるな」
「じゃあまずは…… 着替えよっか」