【龍以】このカルデアに坂本龍馬はいない

「えーっと、セイバー・セタンタ、ようこそ我らのカルデアへー。一緒に人理定礎の奪還かんばりましょうー。それじゃあ、カンパーイ!」
 マスターの乾杯の音頭により、歓迎会は幕を開けた。今回の歓迎会の形式は「ビュッフェ」というらしい。一騎当千の英霊たちが大皿料理に群がる姿はなんとも滑稽だ。以蔵は一人一人に渡された皿を手に厨房にいるエミヤの元へ向かう。
「おい、肴はできちゅうがか」
「あぁ、酒を持ってくるから少し待っていてくれ。しかし、料理は向こうにもあるが、そちらは食べないのか?」
「えいえい。今日の主役めいんは酒やき」
「……こちらは少し時間がかかるから今のうちにセタンタに挨拶を済ませておけ。早いうちにしておいたほうがいい」
「それはそうかもしれんのう」
 そういって以蔵は踵を返して主役とマスターのいる方向へと向かう。エミヤはその背中を眺めながら少し肩をすくめるのであった。
「あ、以蔵さん! 楽しんでるー?」
 近づいてくる以蔵に気付いたマスターが話しかけてきた。
「まだまだぜよ、いま、エミヤに酒と肴を準備してもらっちゅう」
「お、開始30分でシラフとは珍しい」
「どーせすーぐ酔っぱらいになりますよ。エミヤさん、バケツの準備とかしてたりしません?」
先程までセタンタと会話していたらしい沖田が口を挟む。同じ時代を生き、同じ時期にカルデアに召喚され、マスターからは織田信長と合わせて「ぐだぐだ組」と一括にされることもあり、以蔵に関して遠慮がない。
「さっきぶりだな。以蔵兄」
「おん、さっきのレイシフトぶりじゃな。戦闘には慣れたか」
「宝具の使い方も戦い方も分かる、自分がどんな人生を送ったかも知っているのに、実感だけが伴ってなくてまだ慣れてない。サーヴァントの身体っていうのは、不思議な感覚だな」
「まぁ、セタンタは、『クー・フーリン』っていう最盛期があるし、ステータスもまだ未熟……ってそうでもないな? しかも幸運Aもあるのか。確かアニキの幸運はD……なんで?」
「なんで、って言われても」
「面白いですねー、成長途中のサーヴァントですか。聖杯戦争で中盤まで生き残れたら厄介な相手になりそうです」
 沖田が口を挟む。
「そもそもおまん、同じクラスで同じ聖杯戦争に出れるわけなかろう」
「いーや、私だって他クラスの適正ありますしー? なんだったらダーオカよりもレア度高いですしー?」
「レア度なぞどうとでもなるがじゃ! おまんの病弱スキルが発動したらどうにもならんじゃろ。わしならおまんの剣術なぞとうに見切っちょるきにの!」
「じゃあここで見せてくださいよ! 縮地は誰にも真似させません!」
「やーめーなーさーいー! 二人ともー!」
マスターからの令呪による強制停止……ではなく、脳天にゲンコツを食らわされた。痛くはないが、少し落ち着きを取り戻す。沖田も同様に食らったらしく、少々コフりながら自らのつむじあたりを撫でていた。
「シミュレーターで打ちあったらどう? 今なら空いてるよ」
「そしたら酒が飲めんやないか!」
「ご馳走が食べられないじゃないですか!」
「……まったく、盛り上がるのは構わないが食堂では暴れないでくれよ」
「あ、エミヤさん」
「私は挨拶をしておけ、とは言ったが口論をしろとは言ってないはずだが?」
「おぉ! 酒! 待っちょったぜよ!」
「話を聞け」
「まぁまぁ、ダーオカは酒与えとけば大人しくなりますし、いいんじゃないんですか」
 沖田がからからと笑う。マスターはそれを聞いて「以蔵さんは子犬か何かか……?」と困惑していた。
「その料理は……魚か?」
 セタンタが問う。
「あぁ、やはり地酒に合うのは郷土料理かと思ってね。鰹のタタキだ。皮を藁で炙っている。タレは辛子酢味噌の他に、ちり酢、刻んだ紫蘇、生姜を用意した。好きな組み合わせで食べるといい。日本酒は冷にしているが、熱燗がよければ言ってくれ」
「いいなあ、美味しそう」
「そう言うだろうと思ってマスターの分も用意しておいた。セタンタはあまり生魚料理に馴染みがないと思うが、希望すれば用意しよう」
 以蔵がエミヤから酒と鰹の載った盆を受け取って、いそいそとテーブルに向かうのを見届けてから、セタンタはエミヤに肉が食べたいとせがみ、沖田はマスターに、じゃあ私はごちそう取りに行きますねー、と言って料理にひしめき合うサーヴァントの中へ入っていった。



「ますたぁ〜 飲んじゅうかぁ〜?」
「アルコールを摂取するのはダヴィンチちゃんから止められててー、うわ酒臭っ!」
 歓迎会が始まって幾時間、空になった大皿も増え、自室に帰るサーヴァントが現れだしていても、この人斬りは酒を呑み続けていたらしい。
「セタンタはどこ行った」
「明日も早いからって早めに自室に戻させたよ。以蔵さんも一応のためにそこまでにしてもらいたいんだけど」
「マスターはわしから酒を取り上げるっちゅうんか、薄情じゃのう」
「そんなこと言ってないって。明日のレイシフトに障ったら困るんだって」
「わしは仕事はきっちりする主義じゃ。二日酔いなぞ、せん!」
 信用ならねぇーと零すマスターを尻目に以蔵はすっかりぬるくなった熱燗の徳利に手を伸ばす。それを見たマスターはすぐに以蔵より先に徳利を手に取り以蔵の猪口に注いだ。すまんのう、と以蔵が返せば、マスターはハッとして、しまった条件反射だった、と悔しがった。聞けばマスターの家系は酒豪ばかりで、親戚が集まる時期になると決まって宴会があるため、幼少の頃から飲みの席での行儀を叩き込まれたという。今日は一族の遺伝子に免じて晩酌に付き合うよ、とマスターは言った。
「マスターも飲むがか?」
「飲まないよ。水をとってくるね」
 マスターは先程まで片付けの手伝いをしていた厨房に向かい、以蔵の向かい座った際に手に持っていたのはコップと水の入ったデキャンタ、それと二合の徳利酔い醒ましの水であった。
「マスターがカルデアに就く前の話を聞くのは初めてじゃのう」
「そうかな? そうかも。 以蔵さんたちの歓迎会のときはすぐに酔い潰れてたもんね」
「あんときは、すまん。片付けだけやのうて部屋に連れて行かせてしもうて。 カルデアはえい酒ばっかり出すき、つい羽目を外してしもうたがよ」
「うん。慣れてるから大丈夫だよ。 そういえば、以蔵さんは生前このお酒は飲んだことあるの?」
「んー……。 あぁ、一回だけ……いや、二回じゃ」
「そうなの? 案外少ないね」
「こがぁな良い酒、おいそれと飲めるもんじゃないきにのう。 それに安い酒のほうが早う酔える」
 それは良くない酔い方じゃないかなぁ、と苦笑するマスターに、仕事に支障が出んなら問題ないぜよと返す。まあ確かに何が入っているか分からないどぶろくを飲んだ次の日は吐き気は止まない頭痛が止まらないこともあったが、マスターには隠しておく。
「武市先生は下戸で、飲みの席でも殆ど酒を飲まざったが、決まって飲みよったのはこの酒やった」
「じゃあ、二回とも武市さんから貰ったの?」
「最初のいっかいは小さい徳利を盗んで隠れて飲んだがじゃ」
「そんなに貴重だったの?」
「いや、そのときわしは元服しちょらざったきなぁ。おとなが大層楽しそうに飲みゆうのを見て興味が出んわけがないやろう。武市にばれたら親を呼ばれて大目玉をくらうがは分かりきっちょったき、龍馬と隠れて飲んだぜよ」
「坂本龍馬と!?」
「そがあに驚くことはなかろ。あいたあも大酒飲みじゃ。鯨のように飲む」
「……確かに高知県出身だもんね。飲むよねぇそりゃあ」
「隠れて飲んだ酒がいっとう美味かったのう。酒に慣れちゃあせんから、ざんじ酔っ払ってしもうての。わしらがおらんと探してきた親に見つかって、結局龍馬と一緒に怒られてしもうたよ」
「以蔵さんはともかく、坂本龍馬がそんなことをしてたのは意外だなあ」
「今でこそ維新の英雄だのなんだの言われよるが、わしにとっちゃあ、あいたあは寝小便垂れの泣きみそじゃ。わしがおらんとなーんもできん。そう思っちょったけんど……」
「けど?」
「……龍馬はわしに黙って脱藩した。わしが傍におらんでも良かったんや」
 マスターは口を噤んだ。掛ける言葉を探しているらしい。
「宴会が始まる前……フランスの王妃様たちと話をしたが。デオンは龍馬が黙って居のうなったのはわしが信頼されとらんかったからやち言われた。わしは龍馬の信頼に足らん奴やったんじゃろうかのう……」
 言葉にして後悔した。己の言葉で言ってしまえば自分は信頼できない人間だと認めてしまったことになる。剣の腕しか才のない自分が、今の主に信頼できないと判断されたら。そうしたら、きっと。このカルデアでも。また。
「そんなわけなくない?」
「……はぁ?」
「だってさ、坂本龍馬って、勝海舟の護衛に以蔵さんを推薦したんでしょ? 普通、信頼できない人物に師匠の護衛を頼んだりしないじゃない。 それに、さっきのお酒の話も、以蔵さんと一緒なら皆に見つからないって思ったから、お酒を盗んだんじゃないの?」
 早口でありながら、慎重に言葉を選んだようだった。しかし、その言葉に嘘がないことは分かる。
「……ひひ、そうじゃのう。おまんのいう通りじゃ」
「ほら、やっぱりそうじゃん! 坂本龍馬は、以蔵さんになら黙ってても分かってくれるって信じてたんだって!」
「それは違うのう」
「なんでさ」
「ほんとうにわしんことを想いゆうならわしも一緒に脱藩しよったろう。 やき、あいたあは裏切り者に変わりゃあせん」
「??? 仰っている意味がよく分かりませんが……」
 おそらく以蔵の中では話は繋がっているのだろう。
「龍馬はのぅ、わしに言うたんじゃ。 『これからもずうっと一緒やきね』ち」
「それは……離れていても友達だよ、みたいなことでは……」
「んなわけないろう。 褥の中やぞ」
「は……はぁ!? 後出しでとんでもない情報が出てきた!」
 それからマスターは坂本龍馬と以蔵さんってそういう仲だったの? 世の中は複雑怪奇すぎる……とぶつぶつ唱えて混乱していた。
「それとのう、マスター」
「え、まだなんかあるの」
「なんぼおんしにとって関わりのない名前やといって、呼び捨てにするんは感心せんな。 『さん』をつけるか『先生』をつけろ」
「……坂本龍馬先生」
「ひひひ、よりによってそっちかよ」
 そう言ったきり、以蔵は黙り込んだ。マスターが呼びかけても返事はしない。代わりに聞こえるのは、規則的な呼吸音のみ。
「えぇ、こんな状態で寝るの…… 誰か、誰かー! 以蔵さん運ぶの手伝ってー!」
 マスターの招集に一番に応じたのは清姫だったが、清姫には食堂の片付けを手伝ってもらい、その後駆けつけたデオンが代わりに以蔵を自室に担いで運ぶことになった。
「だからといって、マスターまで着いてくる必要はないだろう」
「部屋のマスターキー持ってるの自分だし。あともう眠ってしまったけど、最後まで付き合うって言ったしね」
「そうか…… 。以蔵は、今日の茶会の話をしていたか?」
「茶会……? マリー達と話をしたって言っていたよ。それがどうかしたの?」
「偶然、以蔵とシミュレーターで会ってね。茶会に参加してもらったんだ。そのとき、生前のことを聞いたんだが……」
「坂本龍馬に裏切られた話?」
「そう。 そのとき私は、以蔵に対して間違った評価を言ってしまったんだ。信頼ならない人物だ、と。 私はあのことで、以蔵が自己評価を下げてしまわないか心配なんだ」
 なるほど。自分には剣しかないと考えている彼が、自己を信頼ならない人物と定義してしまえば、彼はカルデアに居続けようとはしないだろう。マスターが返答を考えているうちに以蔵の部屋の前に着いた。
「マスター、鍵を」
「うん。 ……おじゃましまーす」
 カードキーで扉を開けると、墨の匂いがゆったりと漂う。デオンは黙って寝台に以蔵を寝かせた。デオンの手から離れた以蔵は、何かもごもごと寝言を言って、寝返りを打った。
「長居は無用だ。帰るぞ、マスター」
 うん、と返したマスターが扉に向かおうとしたとき、足元でくしゃ、と音がした。
「ごめん以蔵さん何か踏んだ……なんだ、これ」
マスターの足元にあったのは紙で、何かが墨で書かれている。マスターは手に取って、さわりを読む。
「……書きかけの手紙? かな」
「……改めて見ればこの部屋は紙がたくさん散らばっているな。 全て手紙なのか?」
「手紙なら中身を見るのは憚れるなぁ。……うん。あまり崩し字は読み慣れてないから詳しくは分からないけど、今拾った2枚にともカルデア、とか英霊とか書いてある」
 ここで手紙を読んだのは内緒ね、と、デオンに耳打ちしたマスターは以蔵の部屋を出た。扉を施錠したあと、マスターはデオンに向かって言った。
「さっきの、以蔵さんの自己評価の話、たぶん大丈夫だと思うよ」
「……どうしてそう思う?」
「拾った手紙……全部坂本龍馬宛だったんだ。あんまり読み込んじゃいけないって思って全部読んではないけど。前文は全部彼に英霊としての生活を自慢してる手紙みたいだった」
「……そうか。それなら安心だな」
「以蔵さんは以蔵さんの中で、既に折り合いをつけてるのかもしれないね。……以蔵さんに隠れて手紙読んじゃったからなんかお詫びしようかなあ」