「先客がおったがか」
「あれ、使用中って見えなかった?」
「今は誰も使うとらんちスタッフが言いよったねや」
「あぁ、そうだったか」
先客はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトであった。既に使用中であるならと以蔵は踵を返そうとすると、アマデウスに呼び止められた。
「あー待って待って。僕は今、人を待ってるんだ。まだ到着するまで時間はかかりそうだし、よければ一緒に待ってくれないか」
「待ち合わせ場所がここがか」
「うんそう。たまに許可をもらってこうやって息抜きしてるんだ」
シミュレーターで息抜きとは。シミュレーターは道場のような鍛錬を行う場所と認識していた以蔵にとっては衝撃的であった。確かに言われてみれば、先程から敵の反応は全く無く、のどかな風景が続いている。
「設定は西暦で1780年代の神聖ローマ帝国。僕達が生きていた時代なんだ」
「せんななひゃく……わしの時代よりちっくと前やの」
「へぇー。じゃあぼくらはイゾーより年上なんだ」
「生年なんぞここじゃあ関係ないろ。古代ろーまの皇帝だの、お伽噺の竜もおるというに」
「確かにそれもそうか」
「アマデウスは誰を待っちゅうがか」
「マリアだよ、多分デオンもついてくるよ。ときどきこうやって生前の風景を見ながらお茶会を楽しむんだ。マリアの発案でね。マスターも一緒のこともあるけど、今日は用事があるらしい」
本来はマスターとの交流会も兼ねているのだろう。単純にあの王女がパーティ好きの可能性もあるが。以蔵が思案していると、後ろのほうで気配がするのと同時に、軽やかな女性の声が聞こえた。
「待たせてしまったわね、アマデウス。あら、そちらの御方は?」
「岡田以蔵、です。ご機嫌麗しゅう、フランスのお妃様」
「まあ、日本のお侍さんね、マスターから話は聞いているわ」
「ほいたら、わしはこれで」
「あら、もう帰ってしまうの? もっとお話したいわ」
「困らせてやるなよ、マリア。僕が彼を引き留めていたんだ。デオンからも何か言ってくれよ」
「僕はお茶会の参加者が増えることについては賛成だけど。 もしこの後も予定がないのであれば、ぜひ参加して欲しいな」
「ジャポニスムが流行ったのは私が生きていた時代より後だけれども、貴方の生きていた時代に興味があるわ。聞かせてくださる?」
「えっと……わしは……」
「急用があるのかしら?」
「いや……ないけんど……」
「決まりね! 今すぐテーブルを用意するわ!」
視界の端でアマデウスが頭を抱えているのが見えた。
「さっきまでブーディカたちと新作のお菓子を作っていたの。盛り上がっちゃって、作りすぎてしまったのよ。できれば食べた感想も聞かせてほしいわ」
デオンが持っていた籠の中にあったのは、色とりどりの洋菓子だった。以蔵はとりあえず目の前にあった赤い色の菓子を手に取る。最近のマカロンはいろんな色があって綺麗だよね、とアマデウスは言いながら以蔵と同じ赤色の菓子を口に運んでいた。彼の動きを見ていると、作法は気にしなくてもいいよ、気楽にして、とデオンに言われた。煎餅を齧るようにマカロンを口に入れる。ぼろぼろとこぼれるマカロンを咄嗟に皿で受け止めた。花のような香りが口の中で広がり、甘さの中に少しだけの香ばしさが残る。
「……武市先生が好きそうな味じゃの」
「タケチセンセイ?」
「確か、キミが生前慕っていた人物だったね。彼は甘い物が好きなのかい?」
「……あぁ、こんまいころからずっとそうじゃ。よう甘味処に連れていってもろうたの。こんな洒落た味の甘味なんぞありゃせんき、団子だの饅頭だのばっかりやったが」
「きっとムッシュ・タケチもカルデアに来てくれたら、この生活を楽しんでくれるわ。生前仲のよかった方は、ほかにもいらっしゃるのかしら?」
「維新の英雄……リョーマ・サカモトだったか?」
「龍馬は! 裏切り者じゃき……その」
「あら、嫌なことを思い出させてしまったみたいね、ごめんなさいね」
「あ……王妃様が頭を下げるほどではないですき」
「なんだなんだ、俄然興味が沸いてきたぞぅ! 二人の関係にどんな秘密があるのか!」
「アマデウス、そこまでにしなさいな。ほら、イゾー、この緑色は抹茶の色なの。きっとあなたも気にいると思うわ」
そういって差し出された緑色のマカロンを手に取り、口に運ぶ。赤いマカロンと違って花の香りがしない代わりに、抹茶の風味が鼻を抜ける。
「……龍馬とは、確かに仲は良かった。けんど、あいつはわしを置いていった。一言も言っちゃくれんかった……。一番の友達だと思うちょったのは、わしだけじゃった……」
「ははぁ、イゾーはサカモトに未練まみれ、というわけか」
「その言い方は良くないぞ、アマデウス。……しかし、オカダのその気持ち、私は理解できる。私だってきっと、大切な誰かに何も言われずに置いていかれたら、裏切られたような気持ちになるだろう。何故言ってくれなかった、私はキミにとって信頼できない人物だったのか、とね」
「置いていってしまった側からすれば、伝えることができなかったせいで、そんな気持ちにさせてしまって申し訳ない気持ちだわ」
「マリアの理由は明確にしても、笑えないからやめてくれよ……」
籠いっぱいのマカロンがなくなったところで、お茶会はお開きになった。そのまま食堂へ向かって歓迎会が始まるのを待つのもいいが、以蔵は自室に一旦戻ることにした。龍馬が自分に別れの挨拶もなしに土佐から居なくなったのは、デオンが言っていた通り、龍馬にとって自分は、信頼に値しないからなのだろうか。だから、京で身持ちを崩してしまっても手を貸してくれなかったのだろうか。うんゝと唸っているだけでは、自分の頭では何も解決しないと、以蔵は文机の前に座った。
拝啓 坂本龍馬様
お元気でご活躍のことと存じます。こちらは死後、英霊の座に迎え入れられ、いまはカルデアなる場所で世界中の英霊達と人理奪還のため日々勤しんでおります……
何度も書いた挨拶文。以蔵が手紙を書き出したのは、マスターが故郷の両親に手紙を書いていたのを見てからである。人理掃討されてしまった現在、送ることも届くこともない手紙を書くのは何故か、とマスターに問うと、「送るかどうかじゃなくて、お父さんお母さんを通して、自分に言い聞かせているのかも」と答えた。したためた手紙は、常にマイルームの小箱に溜め込まれている。それから、以蔵はマスターを真似て両親や勤王党の面子宛の、届くはずのない手紙を書くようになった。ただ、両親宛の手紙に、だれを斬った、かれを斃したという内容を書くのは躊躇った。武市や新兵衛に、どんな国の剣士と打ちあった、こんな国の話を聞いたと書けば眉をひそめるに違いない。宛先は少しずつ狭められ、最終的に龍馬一人になってしまった。龍馬であれば、人を斬った話も、外国の話も読んでくれると信じていた。それでも、龍馬相手の手紙となれば最後には彼への雑言ばかりになってしまい、せっかくの手紙を棄ててしまうのであった。それでも、以蔵が龍馬に手紙を書くのをやめないのは、少しずつではあるが、破り捨てるまでの手紙の内容が長くなっているからである。以蔵はここに、自分が考えるだけでは出てこない、何らかの答えがあると考えていた。未だその正体は掴めていないが、書くことを放棄することはできなかった。
夢中で筆を進めていると、放送チャイムが鳴った。マスターの声で10分後に歓迎会が食堂で開催される旨が伝えられる。以蔵は筆を粗雑に置き、放送が終わらないうちに自室を出た。
【龍以】このカルデアに坂本龍馬はいない
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